『ゆらぐ脳』(池谷裕二・木村俊介)より、

「私が「イメージング」(脳の活動を撮影する研究の方法)に手ごたえを感じているのも、「伝える説得力」の強さにあるのです。イメージングは、顕微鏡の機能の進歩のおかげで、今、花形の分野のひとつではあるけれど、こうした画像化技術の長所は、見せられたら「そうだ」と言うしかない圧倒的な説得力にあります。「百聞は一見に如かず」と古くから諺にあるように、「見ること」の効果は強いのです。」


『知の編集術』(松岡正剛)より

「ヘタな図解はかえって何が何だかわからなくなるが、うまい図解はそれがあるだけで、ぐっと理解が進んでいく。”遺伝子情報のしくみ”や”原子力発電のしくみ”なんていうものは図解がなければとうていわからない。」


私は、自分の頭の中で図やグラフなどでイメージできないことはなかなか覚えられない。
まず最初にイメージングする傾向が、たぶん他人より強いと思う。

そのため、何かを説明しようとするときに、すぐに図にしたがる。グラフは私にとって出番は少ない。数値を伴う場合が多いからだ。

でも、時間が経ってから自分で書いた図を見直すと、まるでわからない場合が多い。それは、独りよがりな図を作成した場合もあるが、ほとんどの場合は、後で図を見るときには、その物事に対する意識がないからだ。
図解を読み解くには、前提としてその物事に対する問題意識が必要なのである。
だから、問題意識のない人には、図を見せてはいけない。説明しようとしていることが、相手にとってどんなに大切なことでも、意識のない人間は気づかない、気に留めない。無理強いをすると、拒絶反応を起こしてしまうかもしれない。
どうしても意見を聞いてほしい場合などは、図で説明する前に、相手の意識をこちら側にい引き込む作業が必要だ。誘惑の図解を用意するのもいい。一段目、二段目、・・と、長丁場で相手の気持ちをこちら側まで呼び込むには、ことばでの説明だけだと息切れしてしまう。最初の呼びかけには、キャッチコピーは効果的だが、それ以上のものではない。
文字やことばは、頭脳を使った”理解”を必要とする。それに対して、図は”見る”という一瞬の行為で感性に訴える。印象が強さが絶対的にちがう。