存在するということ

今日も、梅棹忠夫の著作より。

梅棹が、「存在そのものが情報である。」と言っている。
つまり、ものが存在すれば何もそれだけで情報であるということだ。これは、無機質な物体でも、有機質な物体でも当てはまることになる。
梅棹が言うことを突き詰めた場合、誰にも気づかれないものでも、情報だということになる。でも、私がある人と電話で話していて、私の目も前にある紙やボールペンなどは、私が何かそれについて表現したり、会話中で”書く”という行為を起こさない限り、相手にとっては”存在していないもの”ではないのか?

今日は眠いので、ここまで。