説明がましい画像は、不要だ

『ぼくたちの洗脳社会』(岡田斗司夫)に、
湾岸戦争で油まみれになった海鳥の写真のことが、挙げられていた。


岡田氏は、我々が「戦争は、いけない」「環境は、大事」と洗脳されているから
この写真が「戦争による環境破壊」という意味に読み取ってしまう、と言っている。


これには、言われて初めて気がついた。
いつの間にか、思考回路の根深いところまで、
自分は、マスメディアが作り出す「一般常識」に侵されている。


で、今、書きたいのはそのことではなく、油まみれの海鳥の写真が、
「戦争は、いけない」「環境は、大事」という二つの概念を
結びつけてしまったことである。


写真やイラストのように、一瞬にして、相手の目に飛び込む媒体は
一歩先のイメージを想像するような画像のほうが、心に響くということだ。
また、悲惨な戦場や、最新兵器ではなく、
海鳥一匹の画像の方がインパクトがある。


現在起きていることすべてを説明しようとしても、
受け取る相手にとっては、広がるほどに捉えがたくなる。
それよりも、一点に絞った題材の方が、イメージしやすい。


ことばで説明するときは、相手にわかるように、
全体を話ししてから、一つ一つ順序だって説明をしなければならないが、
画像の場合は、目的地を映したもの、
または目的地をイメージさせるものでなければならない。


だから、物事を象徴的に捉えている一点の画像は、
ことばで100回説明するより説得力がある。


説明がましい画像は、不要だ。